2001/2/3(sat) 秋葉神社〜五島の浜
前回の打ち合わせどおり、光害をさけるため浜松から天竜川沿いに25キロほど北上し秋葉神社へと向かう。ここは全国に散在する火伏せの神様であるところの秋葉神社の、なんというのか元祖総本家というような存在であるのだ。東京のアキハバラというのも、むかし秋葉神社があった原っぱすなわちアキバがハラと呼ばれたことからきたものなのだそうな。
山道をぐるぐる登り、山頂にある秋葉神社に着いたころちょうど日が没みはじめた。さっそく望遠鏡をセッティングする。周囲には明かりひとつなく市街地の明かりもほとんど感じられず、じゅうぶんに暗くなってくれそうな気配である。よしよしこれはすばらしい眺めが期待できそうだぞ。
やがて空が暗くなり星がちらほら見えてきた、と思ったら、
「月が明るい・・・。」
そうなのだった。この日は月齢10日、地面にしっかり影が落ちるくらいの明るさなのである。そのうえ追い打ちをかけるように雲がうっすらと空を覆いはじめた。
しかしせっかくここまで来たのだから黙って帰るわけにはいかない、今日は気合いが入っているのだ。その証拠にポケットには携帯ボトルに仕込んだウイスキーなども忍ばせているのである。雲のないところや月から離れているあたりをねらって望遠鏡を覗いてみる。あいかわらず美しいオリオン大星雲や木星土星、そしてもちろんみごとに輝く月面などを眺めつつ、時折ウイスキーをちびりちびり。うふふ、よいよい。「至福」という単語が脳裏にぽかりぽかりと浮かんでは消える。
さて、今夜はもう一つ計略があるのだ。そろそろ明け方の空に顔を出しはじめているはずの火星を見てみよう、というのである。朝の4時ぐらいに浜まで行けば見えるだろうと見当をつけ、いったん自宅に戻って仮眠をとることにする。3時半に起床してみると、雲は先刻よりずいぶん厚くなっているものの一等星クラスの星は見えているようだ。急いで身じたくをととのえ、海にむけてクルマを走らせる。
ああしかしなんてことだ、走っているあいだにあっというまに増えてしまったらしい雲が空いちめんをいやらしく覆っており、もはや星はまったく見えないのだった。無念なり。
2001/2/5(mon) 佐鳴湖公園
月齢が満ちて他の星がよく見えないのならば、月の観察に焦点を絞ればよいのだ。これだけ月が明るければ光害もさほど影響あるまいと、自宅からクルマですぐの佐鳴湖公園に向かう。
さすがに月齢10日を過ぎた月は明るく、アイピースを覗き込むと眩しいくらいである。デジカメを取り出し、いつものように手持ちで接眼部に押しつけてシャッターを切ってみるが、明るすぎて真っ白になってしまい細部が写らない。
それにしても相変わらずの寒さである。おれが今どんないでたちで星を見ているかというと、下はスキー用のぶ厚い靴下とモモヒキを着け、ジーンズを履いた上にスキーウェアのパンツを重ね、上は長袖のTシャツとラクダのシャツ、厚手のワークシャツ、フリース、さらに風よけのウインドブレーカー(重複表現だなこれ)を着たうえにスキー用のジャケットをはおって毛糸の帽子をかぶり、手にはゴムイボつきの軍手、という普段ならちょっと正気と思えないほどのとんでもない重装備である。これでもしばらく星をながめているとからだの後ろのほうからじわじわと冷えてくるのだから、この季節の星見がいかに寒かろうというものだ。今日はまだましな方ほうだが山や海に行った日には何をか言わんやである。はやく暖かくならないかなあ、でも、冬のこのパキリと澄んだ星空の魅力も捨てがたいんだよなあ。
2001/2/8(thu) 五島の浜
家に帰ると、カミサンが言った。
「makoちゃんから電話があってね、アイピース買っちゃったんだって!」
驚いた。確かにこのところよく機材についての話をしていたし、ついこのあいだもアイピースの話をしたばかりだ。けれども本当にすぐ買ってしまうとは思わなかった。なんだこれは、この物語の冒頭とおんなじ展開ではないか。しかし本当にこうだったのだからしかたがないのだ。
mako氏が入手したのは31.7mmサイズの、しかも視界65度という広角アイピースなのだった。彼の望遠鏡に付属していたアイピースは24.5mmサイズだから径にして約1.3倍、視界はよくわからないが普通は40度かそこいらだろうから約1.5〜6倍というところである。とうぜん値も張って2万円強したらしい。接眼部を24.5mmから31.7mmに変換するアダプターとあわせて、今回はホームセンターではなく大型カメラ店でカタログ注文して買ったのだそうだ。
そのうえ、月が明る過ぎるときに装着する、サングラスならぬムーングラスという新兵器まで購入したという。むう、mako氏めヤルな。早く見たいではないか。「でね、これから浜に月を見に行かないかって」よし行こういこう。
ほどなくmako氏がやってきて、うれしそうにアイピースをバッグから取り出した。
「で、でかいなあ」「でかいやろ」目が笑っている。
本当に大きくて、ボディを握ると指先が届かないくらいの太さなのだ。そしてずっしり手ごたえのある重さがありいかにも高性能!というかんじである。ムーングラスのほうは、なるほどサングラスみたいにかなり濃い色をした円形のガラスで、高さ5mmほどの金属のリングに嵌っておりそのリングにはネジが切られている。よく見るとアイピースの底にもネジが切られていて、
「このネジでナ、アイピースに嵌めるようになっとるわけや」
ますます目をにたつかせてmako氏はムーングラスをアイピースに装着しようとして、「あれ」とちいさな声で言った。「どうしたの?」
「なんか・・・ネジが合わへん」
ほんとうだ。径が違うのかピッチが違うのか、まるっきり合わずどうやってもネジ込むことができないのだ。
「でもmakoちゃん、お店でちゃんと聞いて買ったんでしょ?」とカミサンが言った。
「・・・聞いてへん」目がみるみる暗くなった。
「まあこれはちょっとしょうがないよ、今日はムーングラスあきらめよ。明日、交換してもらえるか聞いてごらんよ。それよかさ、アイピースアイピース。ぜったいすごいよこれ、さっ月見にいこうぜ月、今日は満月だぜ」
気をとりなおして身じたくをし、満月を観察しに五島の浜へ出陣する。今夜は自動導入の必要などないから望遠鏡のセッティングもすばやい。さあていよいよ本日のメインエベント、広角アイピースの初登板である。
「あれ」とmako氏がまたちいさな声で言った。「どうしたの?」
「なんか・・・ピントが合わへん」
なんだか動きが止まってしまった彼にかわってアイピースを覗きこみ、ピント調節ノブを回してみると、ほんとうだ、あと少しでピントが合うというところで調節幅が一杯になってしまいどうしても合焦しないのだった。どうやら変換アダプターを介しているために接眼部が高くなってしまっているのが原因のようだ。
「ちょっとmakoちゃん、これお店でちゃんと聞いて・・・」
「・・・聞いてへん」mako氏はすっかり落胆してしまい、もう声をかけるのも気の毒なくらいである。
とはいえただちに撤収というわけにもいかないので、いつものアイピースに交換して天空に君臨する月を覗く。しかしさすがは満月でありその輝きはあまりにも明るい。なにしろもはや眩しいなどというしろものではなく、ほんの少し覗き見ただけでそのするどくも強烈な光線にぎん、と突き刺されたように目の奥が痛くなるほどなのだ。
mako氏がのろのろと動きはじめてムーングラスを取り出し、アイピースの覗き口に押し当てた。せっかく購入した機材だから使わずに帰るわけにはいかないと思ったのだろう。しかしその方法でもムーングラスはきちんと機能し、満月のするどい光線も和らいでなかなか良い感じである。とはいえ常に片手でムーングラスを保持していなければならず、ちと面倒ではある。
「あーあ、せっかく最新の機材やちうのにこんなやりかたで見なならんなんてなあ」彼はそう呟いて、またのろのろとムーングラスをしまった。ううむこれはどうやら相当にしぼんでいるとみえる。
もういちど望遠鏡を覗きこもうとするカミサンの額にアイピースから発射されるぎんぎら満月光線があたって丸く光っているのを見たとき、おれはふと小学校の理科の時間を思い出した。ほら虫眼鏡をつかって遠くの景色を白紙に投影する実験があったでしょう。あの原理はこいつにも通用するのではないだろうか。
持ってきていた星座の本の、表紙うらの白いページを広げてアイピースにかざしてみる。と、おおどうだ、みんごと満月の姿が映し出されるではないか。距離を調節してピントを合わせると、細かなクレーターなどもけっこうはっきり観察できるのだ。「ほらmakoちゃん、見てごらんよ」
「おお、すごいすごい。よう映るもんやナ」多少は声が明るくなったようである。その後しばし、紙に映る満月を眺めたり、じぶんの顔に満月を映したりして遊ぶ。この「怪奇・顔面満月男」は本人は眩しくてつらいだけなのだが見ている方はやたらと面白いのだった。やれやれ今日いちばんの収穫はこいつかな。
じつは今回の事件には後日談があるのだ。結局このアイピースは返品させてもらい、あらためて東京の望遠鏡専門店で、こんどはきちんと電話で話を聞いてから買うことになるのだが、そのあとで判明したことに、mako氏のMEADE DS-115の接眼部は、なんというか、もともと31.7mm用のものに24.5mmアダプターを装着したような構造になっていたのだった。つまりアダプターは必要なかったのだ。「だからネ、ほんまはあれ、使えたのかも知れんのや」とmako氏はずいぶん後になって照れくさそうに笑いながら白状したものだが、あんたお店やメーカーにはいい迷惑ではないか。おれがかわりにこの場であやまっといてあげるからな。お店のひと、メーカーのひと、ごめんなさい。
2001/2/11(sun) 奥山高原駐車場・ULTRA SKY1号のデビュー
さて先週の秋葉神社はなかなか良いロケーションだったが、いかんせん少しばかり遠い。もうすこし近場で良い星見ポイントはないものかと道路地図を広げて話し合う。浜松市西北部に、奥山高原というちょっとしたレジャー施設があるのだが、高原というくらいだからしてここはイケルんではないか、と話がまとまり今夜はここを攻めてみることにする。
そうしてもうひとつ、昨日からつくっていたおれのドブソニアン望遠鏡「ULTRA SKY1号」が出発直前に完成し、早速持っていくことになった。そう、今夜がこいつのデビューなのだ。(ULTRA SKY1号制作記を参照下さい)
奥山高原は、山の頂上とまではいかないがこの近辺にしてはそれなりの標高がある場所である。その駐車場に到着してみると、うむこれはなかなか良さそうだ。周囲はかなり暗く、明かりといえば西側に隣接した、というより駐車場内に食い込んだかたちに建っているレストランの常夜灯くらいのものでほとんど気にならない。ただ、空を見上げると天気は申し分ないのだがやはり市街地方向がどうしても明るい。もうこれは結局のところ、市街地からの距離の問題なのだろう。まあ自宅から40分たらずで来られる場所なのだ、文句はいえない。
昼間、星の本を眺めていたmako氏が「アンドロメダ銀河かあ。きれいなんやろナ」とぽつりといった。そりゃきれいだろうけれど、アンドロメダ座ってのは秋の星座だからね、と言いかけて、まてよ、とおれは星座早見盤を取り出した。ひょっとして今の時期でも時間によっては見えたりして、と思ったからなのだが実になんとその通りであって、午後8時か9時くらいまでならまだ西の空に低くかかっているはずなのだ。
「よし、今日はアンドロメダ銀河をさがしてみよう」
しかし現地に着いて西の空を見てみるとアンドロメダ座はちょうどレストランの方向にあたり、残念なことにすでに建物の向こうに隠れてしまっていて見えないのだった。よし、当面のテーマがもうひとつ定まった。次回こそアンドロメダ銀河をとらえるぞ。
さてさていよいよULTRA SKY1号のデビューである。mako氏DS-115の左やや後方に陣取り、まずは今日もたのもしく輝いている木星をファインダーにとらえ、はやる心をおさえつつアイピースを覗く。
「見える。見えるぞ」思わず声を上げてしまった。想像以上にくっきりした像である。カミサンやmako氏もULTRA SKYを覗き、その見え具合に感心した様子だ。うんうんよしよし。土星の輪だってはっきり見える。オリオン大星雲もその美しさをきちんと伝えてくれる。うれしいではないか、これはおれの望遠鏡なのだ、しかもキットとはいえ自分で作った望遠鏡なのだ。感動するなというのが無理な注文である。
mako氏のアイピースを借りて倍率を変えたりしながら空のあちこちを覗いてみる。可動部はするりと回転しぴたりと止まる。微調整には鏡筒の後端と架台の角あたりを持ってじわじわと動かせばいい。残念ながら微動時には若干戻りがあったりするが、まあ差し障りがあるほどではない。軸の接触部分を見直せば微動時の操作性はもっと向上するのではないか。
そうしてわかったのが、こうしたドブソニアンと呼ばれる望遠鏡の大きな長所のひとつにこの操作性というか機動性があるのではなかろうかということだ。まず第一にセッティングがきわめて簡単であって、なにしろクルマから出してすとんと地面に置けばもう完了である(まあこれに関してはこいつのコンパクトさによるところが大きいのだろうけれど)。そして、たとえばプレアデス星団を見たいと思えば、その方向にすいと鏡筒を向けてファインダーで確認すればもう見ることができるのだ。DS-115だとこうはいかない。もちろんこれは優劣の問題ではなく特質の違いなのであって、こちらのイージーな操作性のかわりにあちらには自動導入や自動追尾といった強力な機能が備わっているのである。肉眼で確認できないような天体を探す時など、おそらくこっちは苦労するだろうしあちらはその威力をいかんなく発揮するはずなのだ。
ULTRA SKY、DS-115をかわるがわる覗きながら、まだまだ強力な明るさを保っている月がのぼってくるまで観望を続ける。
さて先週にひき続き、今夜というか明朝も、火星を求めて夜明け前の海に行くつもりなのだ。例によって自宅で仮眠した後空を見上げると・・・なぜだ。またもやあのいやらしくもぶ厚い雲が空いちめんを覆い隠しているではないか。もはや星ひとつ見えず、身仕じたくするまでもない。あきらめて寝る。
はたして火星を見られるのはいつの日か。そして、日に日に西に沈んでいくアンドロメダ銀河におれたちは追いつくことができるのだろうか。 |