2001年2月25日(日)自宅ベランダ
すっかり星見中毒のおれたちではあるが、この週末はほぼひと月ぶりに星見に行かずに過ごすことになった。さすがにこのペースで海だ山だと夜ごと出かけていては体調に悪影響をおよぼしかねない。長く続けていきたい趣味だからこそ無理は禁物、時にはお休みも必要なのだ。
とはいえそれでも星は見たいのである。やっぱり中毒なのだ。そこで今夜は初めてのベランダ観望を試みてみようと思い立つ。うちはアパートの一階であり物干し(死語かなこれ)用の狭い狭いベランダがあるのだが、ここにウルトラスカイを持ち出してみようというわけだ。愛機をかかえてベランダに降り、隅においてある小型の収納庫の上に望遠鏡を据えてみると、これがじつにちょうどいい高さになるのだった(註:この時点ではウルトラ三脚はまだ影もかたちもない)。いいではないか、ウルトラスカイのコンパクトさ、面目躍如ということろである。
夜空を見上げると木星が手頃な高さにある。さっそく鏡筒を向けアイピースに目を押し当ててみると、どうだどうだ、きちんと見えるではないか。ガリレオ衛星だって見えるのだ。よいよい。残念ながらわが愛しの土星は道路をはさんだ向かいの家の陰になってしまって見えないが、オリオン大星雲も、ややコントラスト不足ぎみながらも美しい姿を見せてくれる。
では先日感動したプレセペ星団はどうだろう。当然ながら肉眼では星団の存在はおろか、かに座を構成している星々すらよく視認できない状態だが、なんとか見当をつけて覗いてみる。すると、おおなんと、さすがに浜で見るよりその輝きはうすれてはいるものの、宝石をちりばめたような美しさのその一端を、わが愛機はしっかり伝えてくれているのだった。うれしいではないか。
ではふたご座M35はどうだ、と空を仰ぐと無念なり、ベランダの庇にさえぎられて見えないのだ。やはり2棟並びのアパートの一階ベランダという条件はいかんともしがたく、そもそも圧倒的に空が狭いのだった。また、隣棟の常夜灯や窓あかり、あるいは街灯などが視野に近づくともうなにも見えなくなってしまう。加えて市街地からさほどは離れていないわが家上空の夜空はかなり明るく、コントラスト不足も否めない。
だがそれでもしかし、うちに居ながらにして望遠鏡で星が見られるのだ。寒いので30分が限度ではあるが、ウイスキーのお湯割りを持ち出し(収納庫がまたちょうどいいテーブルがわりになるのだ)、タバコをくゆらせながらの星空観望、これはこれでまた至福なり。
2001年2月26日(月)自宅ベランダ
今日も今日とてベランダ観望にトライ。しかしなぜだ!昨夜より明らかに空が明るいのである。時間帯も昨夜より1時間ばかり遅いのに。すっかり西に傾いたとはいえまだ三つ星が肉眼で確認できるオリオンの大星雲が望遠鏡の視野ではさっぱりわからない。昨夜は見えたプレセペもまるでアウトである。
仕方がないので、これはさすがによく見えているシリウスを使って、ズレてしまっているファインダーの照準調整にしばし専念する。それにしても他の望遠鏡のファインダーもこれほど合わせにくいものなのだろうか。Mako氏のはもうすこし簡単だったように思う。3方向についているねじを締めたり弛めたりして調整していくのだが、どのねじを回しても思う方向に行かなかったり、あと少し!というところであさっての方向にがくんと動いてしまったりするのだ。舌打ちを繰り返しながらの作業で、なんとか許容範囲までこぎつけることができた。
それにしてもあまりにも星が見えない。思いきって戸外へ望遠鏡を持ち出してみたら愕然とした。市街地方面の東の空が全くアウトなのだ。肉眼では一等星がなんとか見えている程度、望遠鏡を覗くと視界はもはや真っ白である。ううむ光害おそるべし。しかたがないので西の空を試みるべく敷地の端へ移動する。しかしこんどは、ウルトラスカイの小ささを思い知らされることになるのだった。ベランダからの観望には絶好であったこのコンパクトさが災いして、寝間着姿であるから寝ころぶわけにもいかず、さりとて膝をつけば小石が痛いいたい。ファインダーを覗くどころかアイピースに目をまっすぐ当てることすらかなわないのである。というわけで、今日の収穫は・・・三脚の必要性を痛感したこと!やれやれ。
2001年3月31日(土)播教寺跡
この物語では、各節のタイトルをすべて日付&観望場所にしてあるのだが、そのへん細かく読んでおいでの方なら(いるのかな?)すでにお気づきであろう、今夜は実にひと月ぶりの星見なんである。体調をくずして風邪をひいたりバンドの練習やライブで忙しかったり、天候がよくなかったりなんだりでなかなかタイミングが合わず、星見にいくチャンスがなかったのだ。
ひさびさの星見の今宵は、もう桜も開いているというのに真冬なみの寒さであり、東京では降雪があったという。そのせいだろうか、見上げる夜空はきわめてクリアである。これは期待できそうだ。
まずは久々の月から覗いてみる。思った通りじつにいい感じの見えぐあいなのだが、いかんせん今夜は月齢が満ちておりかなりまぶしくて目が痛い。そこでMako氏が取りいだしたのがムーングラス、例の、前々章でねじのピッチが合わず無念の返品をして買い直した、こんどは間違いなく装着できるムーングラスである。
むろん初体験の権利はMako氏にある。慎重に装着したムーングラス越しに月をのぞき込んだMako氏が「おお」と歓声をあげた。「どう?」「ええデええデ」身を起こしたMako氏は満面の笑みをうかべてアイピースを指さした。「よう見えるデ」
さっそく交代してもらい、おれも初体験する。なんとまあ、ムーングラスとはよくぞ言ったものだ、あのまぶしてしかたのなかった月がじつにクリアに見えるのだ。しばし月面を堪能。
このところ星雲・銀河にはまっているおれたちだから、今宵もいざ探索に乗り出す。ところがMako氏のオートスターがなぜか精度が悪く、うまく視野に入らないのだ。むろんのことウルトラスカイではさらに難しい。視野に見える星の配置を参考書の写真と見比べながら銀河を手動でじわじわと探していく。こうしてみるとDS-115の視野がウルトラスカイのそれと比して相当に明るくシャープなのを痛感せざるをえない。これが口径の差というものなのだろうが、くそう、口惜しいぞ。
悪戦苦闘のすえようやくDS-115でM81を視野に捕らえることができた。ついでソンブレロ銀河にトライしたものの、こちらはどうも今夜は存在感がいつもにまして希薄であり、見えるような気がすると言えば言えないこともない、かもしれないけどおれあんまり自信ないな、といったかんじなのだった。
帰途、クルマの中から夜空を見上げると、火星とアンタレスが中空に並んで光っていた。そうなのだもうずいぶん火星も大きくなってきているはずなのだ。家に帰ったらウルトラスカイだけでも出して覗いてみよう、と思ったのだが、帰ってみるとすっかり雲に隠れてしまっているのだった。んもう。
2001年4月7日(土)五島の浜
家に帰ると、カミサンが言った。
「makoちゃんから電話があってね」いや、もうこのパターンやめよう。
えーとなにがあったかというと、mako氏がなんとネビュラフィルターを購入したというのですね。ネビュラフィルターとはなにかというと読んで字のごとし、星雲(=ネビュラ)を見るためのフィルター、のはずではあるが正確なことは自信がないのである。そもそもこういうフィルターはたくさん種類があって、実を言うと具体的にどれがどのような役割を果たすものか(ムーングラスは分かりやすかったが)よくわからないのだった。
なにはともあれ新たな機材があれば試してみたくなるのが人の悲しいサガというものである、さっそく五島の浜へと繰り出したおれたちだったが、考えてみたら、いや考えるまでもないのだが今宵は月齢なんと13日なのである。さすがに満月直前の強力な月がどかんと浮かんでいては空が明るすぎ、そのうえ薄雲が多く、星雲など見れようはずもないのだった。まあしかたがない、次回以降に期待することにしよう。せっかく来たのだからと月に集中することにし、ムーングラスが今日も大活躍とあいなる。
カミサンがmako氏の観望のようすを撮影していた時のことだ。ストロボの閃光とともにmako氏がいきなり「わっ」と言った。
「ちょっと、望遠鏡の正面からストロボ焚いたらあかんテ。まぶしいがな」ちょうどアイピースに目を押しつけたところだったらしい。そりゃまぶしいわ。「あっごめん、ごめんねmakoちゃん」
この物語の中ではどちらかというとボケ役のmako氏に冷静なツッコミをいれる役どころになっているカミサンだが、むろん実際にはこういうこともあるのだった。
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